デンタルニュース

歯科医院の歴史あれこれ

紀元前2000年、古代バビロニアでは、歯の痛みなど、口の病気はアヌという神に祈りをささげる方法で治してきました。
いわゆる加持祈祷ということになるのでしょう。

14世紀のヨーロッパ。歯医者さんはなんと移動スタイルをとっていたのだとか。
街中を移動しながら、歯磨き粉を売り歩いていたようです。
そのついでに悪い歯を抜く専門の「歯抜き屋さん」という名前で呼ばれていたようです。
今のように患者さまが歯医者に足を運ぶのではなく、歯医者が街を歩いて商売をしていたというのが面白いですね。

イタリアでは理髪師さんが歯を抜いたり、口の清掃を行っていたといいます。
街を練り歩くあやしい歯抜き屋さんよりはましな気 がしますが、どんな治療だったのか考えるとまだまだ怖いですね。

日本では大宝律令により、医療として耳や目、歯科などが確立しました。
中国、隋の時代の書物をもとにして医学の確立とともに歯科も同じように体系づけられたということになります。
国宝になっている書物「醫心方」に朝夕二回歯を磨けば虫歯になりません、とか食事をしたら数回うがいをすれば虫歯になりませんとの記述があります。

歯科は、鎌倉時代から咽喉科を交え、安土桃山時代に口歯科として誕生したのです。
この口歯科は修業を終えてから口中科という専門医として活躍しました。
室町時代には入れ歯の専門医も誕生したようです。

これらの歴史を踏まえ、現在のような一般的な歯科治療がなされる場所 が設定されていきました。
正座した患者さまに対面する様子で歯の治療をしている絵画なども残っていて、現在のような立派なチェアが用意されるようになるのはもう少し後のお話です。
街を練り歩いていた歯抜きやさんが聞いたら、現代の革張りの患者さまのソファを置いた歯科医院に驚くことでしょう。

西洋の入れ歯と比べ、日本の入れ歯技術は素晴らしかったということも歯科業界では有名な話です。
西洋では入れ歯を骨や象牙などを材料にして、見た目を重視して作っていました。
噛むことはあまりできなかったので、入れ歯を外して自宅で食事を済ませてから、見た目重視のこの入れ歯を装着してパーティに出席していたといいます。
ジョージワシントンも金と象牙を材料にした入れ歯を使っていて、その実物の入れ歯が残っています。
しかし、この骨や象牙の入れ歯はとても悪臭を放つために使いにくかったと言われています。

一方、日本の入れ歯はツゲなどの木でできていて、良くあごにくっついたの で、噛むことに優れていたということです。
一年間の生活費1人分に相当するほどの値段だったと言われています。
しかし、歯の部分もすべて木でできていますから、欧米の見た目重視の入れ歯に比べると審美性は大変劣っていることになりますね。

仏像彫刻の傍ら、入れ歯の作成をしていた仏師が入れ歯のルーツで、親分、子分という関係で修業をして技術の習得をしていたのだそうです。
現在でも入れ歯の調整は大変奥が深いものなのですが、歴史を見てみるのも面白いですね。

2016-04-12 | Posted in デンタルニュースComments Closed